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6つの瞳

忙しい忙しいと言うのは好きではないが、

忙しい!

家庭に仕事を持ち込むのは嫌いなんだが、

持ち帰らなきゃ終わらない。




まぁ、

疎かにしてた自分が悪いんだけどね(笑)

さっさと片付けるべく奮闘しているが、

先程から、





何シテルの?
3匹
と6つの瞳にロックオンされてる。


仕事が片付くまでこの状態。


視線が痛いとはこのことだな。
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吐いてはいるが吐き出せないもの。

友達やパートナーが突然倒れて、自分の排泄さえ困難になったらあなたならどうする?

半数以上の人が『何があっても助ける』と言うだろうね。
でも実際、半数以上の人、いや、殆どの人間が去っていく悲しい事実・・・
これが親や子、夫婦という間柄だったら必然としてやるだろうがね。

残念な話だが中には施設に預けてあとは上っ面だけの他人事なんて人も居る。

こちらそれを仕事としてるからやる。
擁護、介護、献身という部分も他の人間よりはあるとは思うが、
だからこの仕事が出来るわけで、だからこの仕事をしているわけ。
ただ、その言葉の半数以上は奇麗事で自分が生きる為に選んだ道。
仕事としてやっている。

身体的な障害以外にも障害というものはたくさんあるわけで。

知的障害、社交不安障害や強迫性障害などの不安障害、PTSD、パーソナリティ障害等など、

ただこういった精神的障害は社会的な認知度が低い
無知な人からは精神障害とひとくくりにされて『キチガイ』とか『イカレた人』
と冷ややかな目で見られ冷たい言葉を浴びせられたり、差別されることが多い。

そんなのを目の当たりにしてるとホント悲しくなる。





話を戻そう、

食べては戻し、食べては戻し、
ソレを辞められないで苦しむ人を見ていると
やはり人間関係からきてるものがほとんどのような気がする。


人間関係が希薄になっていると言われるようになってから随分時間経過はあるが、
それは 他人との関係だけではなく家族同士の関係にまで及んでいるのだと思う。


血のつながった家族と言えども、以心伝心を過信して言葉を交わすことを疎かにしている、
そうすると気づかないうちに気持ちは離れていく。

子供が何を考えているか知ろうとしない親。
優しさと甘さ・厳しさと冷たさ・寛容と放任の違いがわからない親。
子育ての責任を他人(学校)に押しつける親。
子供にビビり、子供にナメられる親。
そして、親に対して心を閉ざす子供。




本当に吐きたいのはその胸の内・・・

なんだよね。

本当に受けるべきは、自らの苦味ではなく親の苦言・・・

本当に問題なのは、摂食不良ではなく、
家族の接触不良のような気がしてならない。


食べては吐き、食べては吐きを繰り返す。
自分でも良くないことだと理解できてはいても嘔吐を繰り返す。

そういった経験の無い人や知識の無い人からは到底理解できない行為であろう。


『人の気持ちを考えろ』

と教えられて育ってきているはずだが、

本当に人の気持ちを心底考えてあげられる人なんて

どれくらいだろうね。

いやいや・・・無理ですから。

厚生労働省が育休中の手当てを増額するとか。

育児休業給付をいままでの半分から3分の2にするって。


子育て世代への経済支援の強化、育休を取らない男性にも積極的な取得を促すのが狙いと、

少子化に歯止めをかけられるんじゃね?って政府は思ってるのかも知れんが、

個人的な意見を言うと、

無理だと思う。

そりゃ正規労働者ならば育児休暇を取れる権利はある、

法律上、取らせなきゃいけない決まりもある。


でも実際、取れない、取りにくい、取らせない、
そんな雰囲気が出ちゃってるのも事実。

キチンと育児休暇なんてもんが取れるトコなんてごく一部の大手企業や
ものすごくクリーンなお仕事してる立派な会社くらいじゃないのかな?

子供が高熱を出したから半休下さいとか
身内に不幸があったので休暇を下さい

休ませてはくれるだろうが、怪訝な態度をあからさまに表に出す会社もあるでしょ。

会社によっては社員なんて
つかいすて
程度にしか考えてないとこだってあるしね。

育児休暇なんて取ろうもんなら

嫌な顔されて、たとえ戻ってきても自分の席が無いとか、


育児休暇中の休業給付を引き上げることも
男性にも育児休暇を与えるってことは良いことだけどさ、

育休後の労働者の雇用体系まで含めて整備してやらないと

ただの

雇用保険料の引き上げだけで終わってしまうんじゃないの?


親子間の温度差は人間だけの話じゃないわけで。

子育てをひと段落し悠々自適に暮らす会社の猫。
これから訪れる寒い季節に向けて脂肪を蓄える為に食べる食べる。

授乳中は骨と皮だけのミイラのようになってたが最近じゃコロコロとしてきたわけ。
親猫

で、コイツには5年程前に産んだ息子が居ましてね。

その息子も同じ敷地を出ることなく生きているわけですが、これがまた

仲が悪いのなんのって。

すれ違おうものなら『しゃーっ!』となって猫パンチの応酬、

猫社会の仕組みや猫同士の上下関係ってもんは知らないが、
他の猫に出くわしても何食わぬ顔してすれ違うくせに、
この親子だけはお互いどうも生理的に合わないらしく、
視界に入るだけで喧嘩がおっ始まるわけ。

血の繋がった親子でも、お互いどうしても譲れない納得できないもんがあるんだろうか。

まるで、
私のトコみてぇだ(笑)


そんな肌の合わない親子がバッティングしましてね、
親子猫1

こっちに向いているが後ろが気になって仕方ない母親と
こっちを見ているが前の母親が気になって仕方ない息子・・・


なんとも言えない緊張感が走っております。

この不仲関係、
私がこの会社に来る前からこのような状況らしく、







何があっても目を合わせないわけ。
親子猫2


まるで我が家のようだ!

拡声。

台風の影響であちこち冠水して道路が水没
水が引いた後は流れてきた流木や泥でぐちゃぐちゃ・・・
『もぉ、またかよー。』なんて感じで最近じゃ慣れてしまって
晴れの日と雨の日で通る道を変更したりして難を逃れてきましたが、

まさか土砂崩れとはねぇ・・・
がけ崩れ
まぁあれだけ降れば水分を大量に含んだ地盤は緩くなって
限界がきて重力に負けて流れてまう。
コレを処理する方々の苦労を考えれると申し訳ないが、
家屋が飲み込まれるとか人命に関わる事態ではなかっただけ良かったとしよう。


こういった災害や火災、事件に役立つのが防災無線。

この存在はこっちに引っ越してきてから知ったものだが、
初めてこの放送を聞いたときは正直『煩いなぁ。』であった。
震災の時にこの重要性を思い知らされ今では煩いどころか逆に気になるようになった。

圧倒的に多いのが火事で、驚いたのが放火が一番多いのにはビックリした。

この地区だけ放火が多いのかと思い各消防のホームページで確認してみたが、言い方は悪いがごく平均値。
都心部に住んでるころは防災無線などで火事の情報など発せられることは無かったので気付かなかったが
どこも放火や不審火、電気火災や火の不始末による火事が多いことに驚かされた。

まぁこういったものが、あるのと無いのとでは身の引き締まる度合いも違うもので、
こっちに来てからというもの、以前よりも自分の身の回りの始末をキチンとするようになった。

何があってもソレを選択するべきではないわけで。

人の手も借りたいくらい忙しい仕事が片付いた後や、
自分の体を酷使するほどのスポーツの後などについ出てしまう

『死ぬほど疲れた・・・』と言う言葉。

軽い気持ちで吐き出してしまいがちな言葉だが自分は使いたくない言葉の部類に入る。
そう、簡単に『死』と言う言葉を使うもんじゃないと思っているからだ。
ただ、自分が使いたくないだけで他人が発しても決して嫌悪感は抱かないがね。

30代に入ってからだろうか、
自分の死というものを考えるようになったのは。
40代半ばのくせにまだ死を考えるのは早いだろうと言う人もいるだろうが、
自分の中の時限爆弾がひとつずつ爆発していくにつれ死と言うものと向き合おうと思い始めた。

それと人の最期を見てしまう仕事に就いたことの影響もあるだろう。
自殺、孤独死、自然死、病死、誰にも見取られることなく故人となり
朽ち果ててしまった後の後始末をする清掃業務の影響もかないあるのは確か。

グロテスクな話だが死後2週間というものはテレビや映画などで見るものとは全く違うもので、
腐敗し悪臭を放ちドロドロに溶けてしまって蝿やウジが体中を這い回ってしまっていているような状況で
仕事を始めた時はとても直視できるものではなかった。

世知辛い現在がそうしてしまってると断言してしまうのは違うとは思うが、
人間、追い込まれてしまうと冷静な自分で居られなくなってしまう場合もあって
強制執行で訪れた家でドアを開けた瞬間に農薬を飲んでしまう者、首を吊ってしまう者、包丁で己の首を切ってしまう者、


それを嫌という程見た者としてはとても簡単に死と言う言葉は発せられなくなる。


死ぬくらいなら死ぬ気で頑張れなんて言う人間も居るが、
それができないから自らの命を断ってしまうのだろうが、
何の根拠や統計でもないが責任感の強い自営業経営者や
真面目に生きてきた人間程、追い込まれてしまうとこういった事態になってしまう。

自分で会社を経営。業績不振に長く苦悩。
生活していくためには廃業もできず、だからと言って経営を継続していても業績は悪化していく一方。
八方塞がりの状態のままやがて会社は倒産。
そして、あとには一人では負いきれない額の負債だけが残った。

一時期は業績も好調で、左ウチワとまではいかないまでも、それなりに余裕のある生活ができていた。
だが、それも過ぎてみると短かいもので、業界全体の低迷に事業も飲み込まれ、苦しい時が続く。
そして、辛抱の甲斐なく倒産・廃業・・・
そして仕事を変えることを余儀なくされてしまった。

長い間その業界に身を置き、独立してからもその業界一筋にやってきた、
異業種に通用する程の技能らしい技能も経験らしい経験もない。
更には、若くない年齢も足を引っ張り、勤めにでたくても雇ってくれるところは見つからない。
日雇のアルバイトで食いつないではみたものの 、社会はプライドを持ち続けることを許してくれなかった。

それに耐え切れなくなって自らの命に終止符を打ってしまう・・・
そんな人が後を断たない。



今の時勢では、働きたくても働けない人が大勢いる。
仕事を求めても仕事にありつけない多くの人が いる。


やる気はあのに能力がない
根性はあるのに技能がない
年はとっているのに経験がない



そう言ってしまえばそれまで、自業自得と言ってしまえばそれまでだが、
仕事の有無は生活に直結する死活問題。

ただ、経営者・事業家と従業員・サラリーマンとでは、仕事を失うことの意味が少し違うわけで、
事業に失敗するのと単なる失業とでは、その負荷に違いがあるんだよね。
サラリーマンが再起を図ろうとすると、ゼロからスタートできる。
損があっても、せいぜい賃金の遅延や退職金の 不払いくらい。

しかし、自営業者の再起はマイナススタート・ ・・
一般的な中小零細企業や個人事業には、買掛金や借入金などの負債はつきもの。
だから、商売に失敗すると負債と言う重い荷物が残るのだ。
それが返済できる程度の金額ならまだしも、一生必死で働いても返しきれない額であることも珍しくない。

そうなると、もうお手上げ。 破産するしかなくなる。


そうして追い込まれて逃げることもできず
自分を終わりにしてしまう人を何人も見てきたが、

何も死ぬことないだろうよ、と言うのはあまりにも軽率で
だからと言って自業自得が招いたこととも言えない。

自分もそんな時期があったからね。


でもね、

なにがあっても自分の命を断つことはやめて欲しい。
逃げてもいい、ズルくてもいい、みっともなくたっていい、

生きてりゃそのうちイイことあるはずだから。

Long iong time ago・・・

♪僕っらが生まれてく~る、ずっとずっと前にはも~♪

♪アポロ11号は~月に行ったっていうの~に~♪



あ、生まれてましたけど・・・


まぁ前回の記事と似たような話題になってしまいますがね

自分が子供の頃とは比べ物にならないくらい便利になった現代、
図書館なんかに行かなくてもクリックするだけで大量の情報が得られ、言った事も無い土地の会ったこともない人達と交流ができたりもする。

物凄く便利になったってことは嬉しい限りだが少々寂しさと切なさを感じてしまうこともある。
夢や希望が大きく持てなくなってきてしまってるのでは?
あまりにも多い情報を詰め込んでしまうがために現実が見えすぎてしまって大きな夢や希望がもてなくなってしまってるんじゃないかと。

まぁ人間って生き物は欲の塊で無ければ欲し、手に入れば不満を言い出す。
こう書いてる私もその一人でもある。

子供の頃、本で見た未来。

宇宙に飛行機で行ける時代が来て、外のどこからでも電話が掛けられて、世界中の人と話ができるツールが出来て・・・
本を見ながらそんな日が来たら凄いだろうなぁ~なんて夢を見ていたもので、


そんな夢をスペースシャトルが実現し、携帯電話が普及し、インターネットが普及して・・・

便利になったのはいいがソレらにぎゅうぎゅう詰めに押し込まれ、
時間の無駄だとせわしなく動きまわり自分達で自分の首を絞めてく結果になったりね、

ブラック企業、過労死、夫源病、
少なからず昔っからそんなもんはあっただろうが今のように線引きされるもんじゃなかったわけで。

少子化に歯止めをかける為に国が支援しましょうなんて昔じゃ無かったわけで、



現在一人の女性が一生のうちに産む子供の数は二人に満たないらしい。
まぁ、平均のデータだろうから、一概に一人っ子の家庭が増えていると言いきれるもんじゃないけどね。

まぁ、一人っ子には一人っ子のよさが、子沢山には子沢山のよさがあるだろうが、どちらにしろ、子供が少ない社会より子供が多い社会の方が明るく思えるのは自分だけだろうかね?

ちょっと昔は、三人兄弟(姉妹)・四人兄弟なん て当り前で、父母・祖父母の代では五人以上の子沢山も珍しくなかったみたい。
そう考えると昔はさぞ、賑やかな生活だったことだろう。
家族関係や隣近所の人間関係も、今ほどは希薄ではなかっただろう。




現代には、当時にない豊かさや便利さがあるけど、
逆に、現代が失ったものが当時にはあったような気がする。

古い時代ばかりを賛美するのは現代人の悪い癖だが、
現代が子供を産みにくい時代、子供を育てにくい時代、大人が夢を持ちにくい時代、
大人が希望を持ちにくい時代になっているのは間違いないような気がする。


私の無知からくる、ただの思い込み・気のせいだろうか・・・

ちょっと現実逃避な時間。

ど~も。

リンゴ園に続き『伊香保おもちゃと人形自動車博物館』に行ってきたわけでして
入り口

まぁ仕事ですし自分から行きたいと思って行ったわけではないので、あまり興味とか無かったわけでしてね、
『へぇ~そんなトコあるんだぁ。』くらいにしか思ってなかったわけですよ。

第一印象はずいぶんお洒落で綺麗なトコだなと。

入ってすぐティディベアがお出迎えしてくれましてね、
テディベア
まぁこうして見るといろんなティディベアがあるもんで、
あんまり物事に興味の湧かない(深く追求しない)私でも
じっと見てると色んな部分が見えてきて仕事を忘れて見入ってしまいそうでしたよ。
詳しくは知りませんが長く愛され続けてるものでも少しずつ時代に合わせて進化してるんですね。
可愛いとか言う感覚は時代によって変化してくものでしょうから、その時代のニーズに合わせて変化していってるんでしょうね。

私ゃ最近のティディベアも当時のティディベアも好きだなぁ。


ミリタリーブース(?)
jeep
なんでしょうかね?

トイレに寄ったときにチラッとしか見れませんでしたが、
このJEEPを見ると子供の頃テレビで見た『コンバット』を思い出しましてね、
アメリカ軍とドイツ軍に分かれて戦争ごっことかしたなぁとか、
田宮模型の戦車のプラモデルを作ってジオラマとか作って遊んだなぁと、
そんな忘れかけていたものを思い出させてくれましたよ。



うん、この昭和ムードもたまりませんね。
レトロ
子供の頃の爺ちゃん婆ちゃんの家の周りがこんな雰囲気でね、
駄菓子屋の軒先で50円のもんじゃ焼きを食べたりしたもんです。

ま、今に比べて決して便利とは言えず
携帯電話も無かったし、コンビニなんてもんも無かったし
ATMなんてもんも無かったからね時間に制約とかもあって
どちらかと言えば不自由だったのかもしれないけど、
それなりに暮らしてたんだもんなぁ~なんて、

そう考えると世界は狭かったけど、
当時のほうが時間ってもんを大切にしてのかも。と。


そんなこんなを思いながら、私の目を一番釘付けにしてくれたのが、



この洗濯機。
洗濯機

あったあった!
そういえばウチにもあったわこの洗濯機。

井戸のポンプをシャカシャカと動かして水溜めて
石鹸を衣類に塗りたくってからタイマー回してさ
ローラーに洗濯物挟んでグルグル回して脱水するこれ。

当時はこれでも便利なものでさ、
洗濯板でゴシゴシやるより百倍マシでね。

この時代はこの時代で楽しかったなぁと。


仕事しながらそんな懐かしい思い出にふけってたわけで。


そう思う時点でジジイだな(笑)

まぁ日常なわけです。

仕事で長野まで行くということで準備を進めてたんですが、

前日に長野ではなく群馬だということを知りちょっと慌てました。

これで私がどんだけいい加減に過ごしてるかおわかりでしょう(笑)


まぁ方角的にも時間的にもさほど変化はないということで
慌てることなく行動しましたがね(こういった部分もいい加減ですね)


まぁそんなことは置いておきまして


お邪魔したのは某リンゴ園
家屋

リンゴとは関係ないですがなんとなくイイ感じの景色だったのでパシャリ。




実は木に実っているリンゴを間近で見るのは初めてでして、
リンゴ

テレビや写真では見るのですが実際見るのとは雰囲気も迫力(?)もちがいますね。

広大な敷地に実るリンゴ達、
コレを維持管理するのは大変だなぁと改めて思いました。

まだまだ知らないことが自分にはたくさんあるなと、
ただの旅行として行くのとはまた一味違う感覚。

景色ひとつとっても、それが空気であろうとも
その場所でしか捉えることのできない雰囲気

仕事の一環の中にもそういった感覚をなくさないでいるのも
大事なことなんじゃないかなぁと

そう思った瞬間でした。

仮設住宅。

業務も一段落したということで、
資材置き場の片付けをしたわけですが、
それに伴い、猫さんの住まいを撤去することになりましてね。

ま、猫の気持ちや言葉なんてもんは解りませんが
今日は猫目線で書いてみようかと思いますです。



オイ、こら!
アタシの家はどうしたんだよ。

猫1





ん~、どこかイイ寝床はないもんかなぁ~
猫2



無いぞ~


無いぞ~


そりゃね、キレイに片付けましたから。





結局、




フテ寝
猫3


もう暫くお待ち下さいね。
来週には家作ってやるから。

地震・雷・火事・ナントカ。

幼少の頃のハナシですがね。

可愛い子には旅をさせろってことで、一人で初めて爺ちゃんの家に行った時の話。




そんな爺ちゃん家にあと数十メートルで到着するってーとき、
何気に目が行ったドブ板の隙間から何やら動く物体があったワケ。

興味半分、恐怖心半分で近づいてみると、







爺ちゃんがドブ板の隙間に居た。




何故オマエが居るんだよ!って顔をしてたが
それはコッチのセリフでもある。


爺ちゃん、人差し指を唇にあて
『しーっ!』っと黙ってろの合図。

いやね、いきなりそんなこと言われてもさ、
あなた半分汚ぇ水に浸かってるじゃないですか、
そんな状況で『しーっ!』って言われてもね、

何が起こったかチンプンカンプンな俺、
すると家のほうから婆ちゃんのデカイ声が聞こえてきた。



ごるぁぁぁぁぁぁぁ!
爺さんどこ行ったぁぁぁぁぁ!


鬼のような形相で出刃包丁を持って裸足で家から飛び出てくる婆ちゃん。


このとき初めて昔話の本でしか見たことのなかったヤマンバを見た。

そのヤマンバ・・・いや、婆ちゃんがコッチに向かってくるわけで、
恐ろしくて逃げようと思ったが足が動かない、
蛇に睨まれたカエルっていうのはまさにこういうことだ。

そこに俺が居るとは思わなかった婆ちゃん、息を切らしながら、



『おぉ!Asahi、爺ちゃん見なかったか?』と。


いや・・・ソコに居るんですけど。

とはとても言えなかった。


目の前には包丁を持ったヤマンバ、
そこのドブには半分漬物になった爺ちゃん。

とっさに出た答えは
『いや・・見てないんですケド・・・』



どうやら爺ちゃん、外に女を作ったのが婆ちゃんにバレたようで、
逃げ場を失った爺ちゃんは咄嗟にドブへ飛び込み、
それを追いかける婆ちゃんはヤマンバへと化したようだ。


まぁ、
その後どうなったかは記憶に無いが
面白い家族でいいじゃないか!と。

古い人間だとお思いでしょうが・・・

えぇ、古い人間デス。

いまだに『パスタ』と言う言葉に違和感を感じついつい
スパゲッティーと言ってしまいます。

まぁね、そう言うと会社の若いもんに苦笑されちまうので無理してパスタなんて言ってますが・・・


オッサン度丸出しの記事ですがね(実際にオッサンですから)
昔と違う言い回しにどうも慣れなくてね、

『ドット』なんて言ってるけど
水玉じゃダメなの?

『ボーダー』と言われてるけど
シマシマじゃイカンのですか?

『レギンス』とか聞くとピンと来ず
スパッツじゃダメなんでしょうか?

『レインブーツ』とは言うけど
ようは長靴だろ?

『ローダウン』なんてカッコ付けてるけど
つまりシャコタンじゃねぇか!



首輪をチョーカーとか言ってみたり
ズボンをパンツと言ってみたり

オッサン時代についていけず取り残されてマス。


まぁ女子が『スイーツ』なんて言ってると
『うん、まぁ最近の子らしくていいや。』なんて思うんですが、

野郎がスイーツなんて言ってるのを見ると
正直鳥肌が立ちます。




まぁ、
そんなこと言ってる時点でオッサンなんですけどね(笑)

面倒臭がり屋

人の後をくっついてばかりのことを『金魚のフン』なんて言いますが、

まぁウチにもその金魚のフンが居ましてね、

まぁ犬なんですけどね。

キッチンに立とうがトイレに行こうが風呂に行こうが
後ろをちょろちょろついてくるもんだから振り向きザマに・・・

キャン・・・


私がクソ狭い家の中を異常にウロチョロするもんだから
だんだんなっぱさん(あ、犬の名前ね)疲れてくるわけですよ。

くっついて歩くのも疲れてくるわけで、
また振り向きザマに踏まれるのも嫌だし、
でも金魚のフンはやめられないわけで、

で、どうするかというと、




目だけで追うわけ。
クテクテなっぱさん

ずぅ~っとこのふたつの目が

私の行く末を見つめてるわけでして、
まぁよくも飽きないものだと・・・・




あ、




飽きたみたいですね。
爆睡

フテ寝してます。

健康&不健康。

仕事の休憩時間にオッサン連中で病気や健康の話、
若い頃は老い先短いジジィの井戸端会議だなんて馬鹿にしてたが、
そんな話の輪に最近加わって盛り上がってる自分・・・

それなりに体が老朽化してきたんだと実感さぜるを得ない。

まぁ、どちらかと言えば(は?)肉体労働、
ほんのちょっとの精神労働と頭脳労働はあるが肉体労働である。

肉体労働は体が資本であるが、
寄る歳波には勝てないらしくあちこちを痛め弱めている。

とくに腰は痛めやすい部位でして、

治った頃に調子に乗ってまた痛めたりと悪循環が続く。

そんな腰の爆弾をちょっと労わりながら、仕事ができなくなるくらいの重症を負わないよう
充分気を付けてるつもりではいるんだがね(笑)

身体の調子が悪いと、気まで弱くなってしまうもので、
普段当たり前のように思っている健康がどれだけありがたいことか、
実際に身体を痛めて(病んで)みると改めて身に染みるものがある。

先日、ちょっと思うトコがあって病院に行った。

昔から思うのだがカルテは何故ドイツ語なんだろう?
まぁ、最近は電子カルテだから病名以外は日本語でキーボード入力なんだけどね、
その電子カルテに入力された病名を見て『ん?』と。




有棘細胞癌


正直かなり凹んだね。

まだまだやらなきゃならないことはたくさんある。
てか、やることがたくさんある。

別に余命宣告受けたわけじゃないが、正直凹む自分。




まぁ、
そんなもん吹き飛ばしてやるけどね。

たかがゴミ、されどゴミ。

もう使わないモノ、必要の無いモノ、捨てるモノ、廃棄物、
つまりゴミなわけですが、

そんなゴミであるからにして粗末にするわけで、
各都道府県の条例でもゴミは分別してくれと言われて既に幾年か経過してるにも関わらず今だごちゃ混ぜで捨ててる輩が多いわけです。

まぁ正直ゴミの分別は面倒臭いですからね、
多少混ざっちゃったていいやなんて気持ちも出てきて当然です。

でもね、
そういった廃棄物を回収してリサイクル原料として再生してる側の立場からしてみたら、
キチンと分別してよ。と思うわけ。

ま、こちらサイドの愚痴なんだけどね(笑)

そんな愚痴ったついでに言うんだけどね、
自分とこってビン、缶、ペットボトルをリサイクルしてるわけよ。

だからウチに入ってくるのはビン、缶、ペットだけのはずなんだけど、
入ってくるモノの約3割はゴミなわけよ。
そのまんまマグネットやプレス機、破砕機にぶち込むわけにもいかないから
全部袋を開けて手作業で余計なものを排出するわけさ。

そんなのお前らの仕事だろって言われてしまえば仕事だから文句は言わんのだが、
手作業で分別してる以上、見たくなくても見ちゃうんだよね。

弁当のゴミ、ガムの包み紙、ナプキン、割り箸・・・・
こんなもんは当たり前だし仕事の一部だから半ば諦めてるけど、

酷いもんになると使い終わった生理用品、コンドーム、パンツ、嘔吐物とか
できることなら触れたくないものがたくさんあるわけだよね。
まぁどれもこれも仕事だから仕方ない。

一般的な考えだとゴミってもんは回収車に回収されたらそのまんま焼却炉行きって考えだろうから
ホイホイと簡単に捨てるんだろうけど、資源ゴミに関しては役所の回収業者だろうが一般の産廃業者だろうが一度ストックして手作業で分別する工程が発生するのね。

ゴミ箱ポイ=証拠隠滅にはならんわけよ。
どこかの誰かに見られちゃうのよね。

ネットショップで買った大人のオモチャの空き箱に送り状貼ったままだとか、
そんなエログッズと共に捨てた袋の中にダイレクトメールと一緒に入ってたとか、
金融会社の請求書や薬の注射器とか、恥ずかしいもんが何処の誰かも知らない人間に見られてるわけじゃん?

まぁそんなもん見つけたってそいつん家まで届けたり個人情報拾ったりなんて馬鹿なことはする気は無いけど、日常茶飯事だから無言で分別してるけどね。

面倒臭いかも知れないけど、
ゴミはキチンと分別したほうがいいよって話し。

ドライブレコーダー

ココ最近ドライブレコーダーを装着してる車が増えましたね。

まぁ事故発生前後の映像と音声を記録してくれて、
もしもの時の事実解明の補助や不利な過失割合算定なんかを防止してくれたりと、
またドライブ好きな人なら走行中の景色とか録画して楽しめたりもする便利なものですが、

動画投降サイトなんかでよく事故の瞬間のドライブレコーダー動画を見るたびに
『あぁ、自分も気をつけないとなぁ。』なんて思わせてくれたりね。


ロシアって国は自動車事故が多いお国のようでドライブレコーダーの装着率が非常に高いそうで
それに伴い事故動画の投稿もかなり多い。
見ていて『おいおい!大丈夫か?』と思うような日本では考えられない過激な事故動画がかなり見られるわけですよ。

まぁそういった時の過失割合をはっきりさせる為のものですからね、
内容は別として正しい使い方ですわな。

それとは別に他人の運転を動画に撮って馬鹿だのアホだのと投稿してる輩も居ますが
(こういった動画は個人的に好きじゃないですね)

ドライブレコーダー自体が事故等の画像を記録するものだから
見ていて楽しいなんて思える動画はそうそう無くて当たり前なんですけどね、

ときどきほのぼのする動画がアップされると、

なんだか心が暖まりますね。

オヤジ・・・やるねぇ~(笑)

ちょと暇だったもんで職場の近所をぶらり一人旅と言う名の散歩。

そんな一人タイムを満喫しながら歩いていたら

オッサンが川で釣り糸垂れてましてね、

そんな風景と時間の流れにほのぼのしちゃいまして、

『こんにちは~、何か釣れるんですかぁ?』

なんて柄にもなく話しかけてみたワケですよ。

オッサンもかなりまったりしてたらしく聞こえなかったみたいでもう一度

『すみません、何か釣れるんですか?』

と伺ってみた。

するとオッサン




『ん?河童だよ。』



と・・・・



カッパって・・・


突拍子もない返答にフリーズしていると、

『ほれ。』

とおもむろに竿を上げるとそこにはキュウリが・・・・






まぁ、何を釣ろうが人の自由だな。




やるねぇ~。

目立たないところで試してからご使用下さい。

と注意書きが書いてあっても

目立たないとこで試すことなんてせずいきなり使ってしまうタイプです。

ま、キッチンなどの油汚れのキツイとこに使ってたコレ。
オレンジクリーナー

結構頑固な汚れもサッと落ちてしまうんで重宝してたんですが、
もっと良い洗剤を見つけたのでコイツは他の用途にまわすことに。

コイツを片手に色んなとこを掃除してたら
今まで気にしたこともなかった裏のラベルが目に付きましてね、

ビニールクロスにも使用できます。と。

『おぉ!壁紙にもオッケーなのね!』
こう書いてあるとやりたくなるもんで壁紙にシュッと一吹き。


『スゲー!キレイになるじゃん!』

はい、皆さんもうお気づきですね。







一箇所やってしまったら
後には引けないわけです・・・


一部だけきれいになってしまった壁、
中途半端に終われないわけ。

床とは違って壁は4面ありますからね、
床を拭くより面積は広いわけです。

しかも自分の身長より高い部分もありますんで
脚立で移動しながらやらんとダメなわけ。



目立たないとこで試してから
良く考えてからやればよかったなと。

心の鍵はいつも開いてます。

別に心配性とかってわけじゃないんですがね、

外出するとき家の鍵を閉めた後、
『あれ?ガスの元栓締めたっけ?』となるわけですよ。

もう一度鍵を開けてガスの元栓を確認、
『うん、ちゃんと閉まってるじゃん。』と確認しまた家を出る。

で、車に乗り込んで信号待ちで、
『そーいえば玄関の鍵閉めたっけかな?』と急に不安になって
家に戻ってみるとちゃんと鍵は閉めてある。

まぁそんなに気にしたってキリがないじゃんと会社に向かう。

ほどなくして
『あ!部屋の窓閉めたっけか?』と急に不安になるものの
今更そんな理由で帰るわけにいかないし、帰ったとこで窓は閉まってるはずと。

仕事が終わって帰ってみると、
窓が開いてるわけです・・・

ま、こんなもんです。



今考えると、私が子供の頃は
ご近所さんはどこも鍵なんて掛けてなかったわけで、
隣のオバチャンが勝手に入ってきて『ちょっとお醤油借りてくわね。』とか
留守だったりすると近所のひとが洗濯物を取り込んでくれてたり庭に鍵付けっぱなしで車を停めといても盗まれるなんてことは無かったものだ。

ま、当時もそれなりに空き巣とか強盗、窃盗はあったけど今程じゃないし、
今の時代ご近所の付き合いなんてーのも希薄だしそんなことしたらあっという間に家ん中空っぽになっちゃうけどね。

でもね、
自分が子供の頃のように近隣住民同士で助け合って生きていたあの時代、
ソレが本当の日本社会なんじゃないかな?
と思ったりもする。

なんだか自分の身は自分で守らなきゃならない今の自衛の社会日本


なんだかちょっぴり寂しいような気がする。

赤っ恥

こん〇〇わ。


小学生の頃、
授業中に何をどう考えてたのか、

先生を呼ぼうとして、




お母さ・・・・


と、母と先生を言い間違えて何度赤面したことか。
バツの悪さとどうすることのできない雰囲気、
イジってくれりゃまだ救われるが子供ながらに気なんて遣われちゃって聞いてないフリされたときの気まずさったらねぇ。


ま、大人になったらそんな失態はやらかさないだろうと
生意気なガキはそう思って成長してったわけですが、


接客業で培われた癖ってーのはそう簡単に抜けないもので、

美容室に髪の毛切りに行きましてね、
シャンプー台で気持ちよく頭を洗ってもらってる時に事件は起きましてね、

洗髪の気持ちよさと顔に掛けてもらってる布で視界が奪われてすっかり気が抜けてたんでしょうね、

そんな時、お客さんが入ってきたようで、




いらっしゃいま・・・

えぇ、釣られて言ってしまったわけですよ。

完全に視界は奪われてますからね、
とっさに出てしまった言葉にどう店員が反応したかもわからない、
気が付かれてるのか気が付かれてないのか、
笑われてるのかスルーされてるのか、

このままシャンプーが終わって顔面の布を外されたときの周囲の雰囲気はどうなんだろと。



え?

オマエだけだよって?

いや、よくあるんですよ、コレが。

会うたびに
『何かイイことないかねぇ~』『何か儲かる仕事ないかねぇ~』
が口癖のAさん。

『まぁこんな時代ですからねぇ、そうなかなかないですよ。』
と、まぁよくある社交辞令なわけで、

内心
『んなもんあったら俺がとっくにやってるよ。』
と心で舌をだしながら受け答えてたりもする。
ザ・本音と建前だ(笑)

しかしこれがまた毎回口を開くごとに言われると正直うんざりしてくるもんで、
いい加減言ってるだけじゃなく行動しろよ!とか言いたくなったりもする。



ま、仕事を始めて自分が起動に乗り始めている頃は誰でも夢や理想を抱くもの。

でも実際は理想と現実・夢と実際は大きくかけ離れてるやりきれないジレンマにストレスを抱え、
経済社会という戦場で、生き残りをかけたサバイバルを繰り広げる。

本音風の建前を吐き続けているうちに自分の本心が分からなくなり、
仲間風のライバルと付き合っているうちに真の友を見失い『俺は回りの人間とは違う!』と孤高を張っているうちに孤独な身の上になってしまう。
頼りにしていた上司は他部署へ移動になり、新しい上司は肌の合わない頭脳派イエスマン。

そんな上司に相談できることは何もなく、気心の知れた妻子には仕事の話は通じない。
妻子が起きる前に家を出て、妻子が寝た後に帰宅する毎日。
家族とは会話らしい会話もなく、子供はとっくに父離れし、妻は能面のような顔で愛想笑い一つしない。

休日に家にいると、粗大ゴミか家政夫扱い。
妻と結婚した当初の頃が夢のように脳裏を過ぎり、それからの妻の変貌ぶりが悪夢となって自分を襲う。

抱えきれないストレスは、週刊誌のゴシップと他人の不幸で中和。
それでも与えられた目標を目指して、日々、つくり笑顔と平身低頭で成績を上げ続ける。
同期入社組の出世競争に遅れをとった劣等感と、ウマの合わない上司の下でなかなか評価されない挫折感に苛まれる 。

ありがちなパターンだ。

自分もこれで悩み苦しんだこともある、
それが蓄積されるとなぜか『なにかイイことないかねぇ~』が口癖になる。
そんな自分に嫌気がさしていたのも事実。

自分はこの中でもがき苦しむのも仕事のうちだと最近自分は思い始めた。

それが嫌なら自分で開業でもして社長になれ、
そんな勇気や財力が無いならソレを受け止めろとね。

負け犬の遠吠えかもしれないが、
それが現実だからね。

ただ、ネガティブでいるだけじゃなく、そのジレンマやストレスをひとつずつ自分で解決し消化していくこと、

それがいちばん大切だったりもする。






とは言うものの、

なかなかソレができないから苦しいんだけどね。

開放っ!

職場の猫さん。

先日の子猫の親離れの件でかなり疲れてしまったらしく、

一日中こんな状態。
親猫

育児疲れのようだ。

もう歳だしなぁ。

その時点でダメなんだよねぇ。

ココを初めて見る方はわからないので記しておきますが、
知的障害者の自立支援施設に勤務しております。

本当に簡単なことから健常者でも難しいことを教えたり指導したりしてますが、
中には何度説明してもどう教えても理解することすら出来ない施設利用者も居ます。

ま、正直『もぅいい加減覚えてくれよ!』って気持ちになることもあります。

何かを教えたい、何かを伝えたい、何かをして欲しい、

言葉で言うのは簡単ですが実はコレがいちばん難しいことでして、

障害者だけではなく健常者にも言えることなんですが、
その人の生まれ持った性格やこれまで過ごしてきた人生感
物事に対する価値観やその時の感受性によってもずいぶん違ってくるものです。

こうして私が自分の持っている言葉を自分が伝え易いと思って書いたつもりでも
受ける側の感覚や心情によっても感じ方が違うように、
伝えるってこと、理解してもらうってことは大変難しいことで、

ついカッとなって

『いい加減にしろよ!』とか『何度言ったらわかるんだ。』
と言った時点で伝わることは半分以下になるんじゃないかと。

上から押し付けるような言い方をした時点で相手は心を閉ざそうとします。
解らないということ、伝わってないと言うことを言えなくなるし、知ろうという気持ち理解しようという気持ちも半減しちゃうんですよね。

もうこれを最後に付き合う気持ちが無いのであれば私も強い口調で注意したり罵声を飛ばしたりするでしょうが、
これからも付き合わなきゃならない相手や付き合いたい相手に対しては怒りや苛立ちはできるだけ控えるようにしています。

コレもかんたんそうでなかなかできないんですよね・・・

相手を思うのであればあるほど
伝えるってーのは難しいなと。

酒は呑んでも呑まれるなと。

何気につけたテレビのニュースで飲酒運転によるひき逃げ死亡事故があり小学生が亡くなったと。


『俺は大丈夫だ。』とか『ちょっとだけだからイイだろう。』という安易な考えなのか
『いつも飲んでるけど一度も事故なんて起こしたことない。』という過信なのか

あれだけ取り沙汰されて責任もどんどん重くなっていってるにも関わらず、一向に減らないんですからね。

前にもどこかで書きましたが、
包丁は食材を切る為の道具、バットは球を打つ為の道具、金鎚は釘を打つ為の道具であって、
それを殺意を持って人様に向けない限り凶器とはならないのに、

車という人を安全に早く目的地まで移動させる便利な道具はその為に使っていても
ちょっとした判断ミスや操作ミスで人の命を簡単に奪ってしまう道具だと。

こういった悲しい悲惨な事故は無くなって欲しいと常々思ってます。



で、話は変わりますが、


ワタクシ、お酒は飲めません。

ってことにしています。

仕事終わりや風呂あがりの一杯は美味いのも重々知ってますが、
どーも人と杯を酌み交わすという行為が苦手でね。

実家が居酒屋を経営してたことがありましてね、
子供の頃から酔っ払いをたくさん見てきたわけです。

明るく楽しく酒を飲む人も居れば、しんみりと自分の世界に浸る人も居る、
笑い上戸になる人も居れば、泣き上戸になる人も居る。
まぁそんなもんは人によって違いますから『人って面白いなぁ』なんて人間観察をして
酒の飲めない未成年の私はただ眺めていたんですが、

そんな中でもどうしても好きになれないのが、

絡みだす奴と陰険なエロを出してくる奴。

普段は大人しい人なのに飲んだ途端に上から目線でモノ言い出したしたかと思ったら
自分の思うようにならないと店や他の客に絡んだり喧嘩売ったり、
鼻の下デロ~ンと伸ばして下ネタばかり話したりテメェのSEX自慢したかと思ったら
従業員の女の子に『オマ〇コやらせろよぉ~』とか言い出すエロ親父。

ま、普段抑えていた鬱憤を気持ちよく晴らすために酒の力を借りて自分のリミッターを少し外すくらいなら良いでしょうが、
完全なリミッター外しで回りに迷惑かけたり人に嫌悪感を与えてしまうのはどうかな?と。

そんなん見てるうちに酒を飲んで気持ちがおおらかになるという行為ができなくなりましてね。

成人してからお酒を飲む機会は増えて当たり前なんですが
やっぱり居るんですよね・・・酒乱が。

仕事や人生で一目置いてた人なのに飲んだ途端に上司や部下に絡みまくって雰囲気ぶち壊しとか、
同僚でも酔った勢いで悪口言い出したり挑発的な態度取られたりとか、

ま、ソレがその人の本来の姿なんでしょうがこちらとしては

見たくないモノを見てしまった。

になるわけで、
言い方悪いですが上っ面の付き合いの人間のそんな姿は見ないままでいたいわけで、
仕事上尊敬する人は仕事上だけの素晴しい姿を見ていたいとね。

そうこう言いながら私もお酒を飲む機会はありますが
本当に付き合いの深いごく少数の人間とだけなら飲みますけどね。

お互いリミッターは外しません。

遠足~。

ど~も~。


昨晩夜中にタバコが切れまして、

『あ、会社帰りに買っときゃよかったな。』とチト後悔。

まぁ都心部にお暮らしの方なら
ちょっと歩けばコンビニなんてゴロゴロしとるでしょうが、

わが家の場合


ちょっとした遠足です。


街路灯なんてありませんからね、

頼りは月明かりです。

ま、

タバコ買いに行くついでにウォーキングしたと思えば一石二鳥。

最寄り駅まで徒歩110分ですから

駅まで行くよりは楽かと (笑)


ココが好きで住んでるから文句は言わないですけどね(笑)


そうそう、

私の住んでる集落(って言い方が田舎だな)から1ブロック先の土地が売りに出されてまして、

1500坪だとか。

うん、ステキな広さだね。



200円/坪だって。



ってことは1500坪で30万だ。

一瞬『買っとくぅ?』なんて心揺らいだが、

そんな土地買ったって私にゃ利用価値もないからね。


ま、土地柄
上下水道も無いから井戸掘って浄化槽設置して電線引かなきゃならんから
そっちのほうが金掛かるなと。


あ、そうそう、
最近やっと『ひかりTV』が開通したさよ。

デカイUHFアンテナにブースターとおさらばしたい今日この頃。

そんなことないと思うんだけどねぇ。

いつもウチの犬たちがお世話になってる動物病院の先生なんだが、

物凄くぶっきらぼうで物事をハッキリと言う先生でして、

例えばね、
犬を飼ってる人なら経験するであろう食糞、
つまりウ〇コを食べてしまうことなんですが、
飼い主としてはやっぱりやめさせたいと言うのが本音であって、

食糞しないように薬を使ったり躾に励んだり
それでもダメだったりするとワクチン接種とかの時に
動物病院の先生とかに伺ったりするわけですよね。

ウチの犬を診てもらってる先生ってそんな相談すると高らかに笑いながら、

『ハッハッハッ、そりゃお尻の穴からホカホカしたご飯の臭いがする暖かいもんが出てくりゃ食べちゃいますよ。』

と・・・

『そのうち食べなくなりますから無理して躾ける必要なんてないよ。』

と・・・

皮膚炎で伺った時も

『たぶん〇〇でしょうがワンちゃんは言葉が喋れませんので痒いのか痒くないのかは僕にはわかりませんが一応コレ(薬)を出しときますね。もしソレでも痒がってたらすぐ来て下さい。』

と。

まぁ殆どの人が『ふざけんな!』となるでしょうね。

人によってはヤブ医者だとか言う人も居ますが、
私個人的にはそんなことは無いなと。

道で車にハネられてしまった犬を保護したときも、
休診日だったのに来てくれて献身的に看病し一緒に飼い主を探してくれたり、

私の都合で診察時間が過ぎてしまっても待っていてくれて
キチンと診てくれたりと、

ぶっきらぼうで雑な口調の中に
人間であろうと動物であろうと命の重さは変わらないという
そういう姿勢が垣間見れるわけで、

ワンコーズ

ま、

良いか悪いか好きか嫌いかの判断は結局は自分で決めることだから、
人に勧めたりはしないが、私個人としては、

こういう先生は好きである。

プロフィール

タロー

Author:タロー
生きてるだけでみっけもん。
のんびり適当に生きてます。
文才の無い人間が書いてますので
気分を害す可能性もありますが、
ヌルイ目で見てやってください。
リンクフリーですが一声かけて下さいね。



コメ返遅いですが勘弁して下さい。

2016年11月13日 Asahiからタローに改名

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