6つの瞳

忙しい忙しいと言うのは好きではないが、

忙しい!

家庭に仕事を持ち込むのは嫌いなんだが、

持ち帰らなきゃ終わらない。




まぁ、

疎かにしてた自分が悪いんだけどね(笑)

さっさと片付けるべく奮闘しているが、

先程から、





何シテルの?
3匹
と6つの瞳にロックオンされてる。


仕事が片付くまでこの状態。


視線が痛いとはこのことだな。
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吐いてはいるが吐き出せないもの。

友達やパートナーが突然倒れて、自分の排泄さえ困難になったらあなたならどうする?

半数以上の人が『何があっても助ける』と言うだろうね。
でも実際、半数以上の人、いや、殆どの人間が去っていく悲しい事実・・・
これが親や子、夫婦という間柄だったら必然としてやるだろうがね。

残念な話だが中には施設に預けてあとは上っ面だけの他人事なんて人も居る。

こちらそれを仕事としてるからやる。
擁護、介護、献身という部分も他の人間よりはあるとは思うが、
だからこの仕事が出来るわけで、だからこの仕事をしているわけ。
ただ、その言葉の半数以上は奇麗事で自分が生きる為に選んだ道。
仕事としてやっている。

身体的な障害以外にも障害というものはたくさんあるわけで。

知的障害、社交不安障害や強迫性障害などの不安障害、PTSD、パーソナリティ障害等など、

ただこういった精神的障害は社会的な認知度が低い
無知な人からは精神障害とひとくくりにされて『キチガイ』とか『イカレた人』
と冷ややかな目で見られ冷たい言葉を浴びせられたり、差別されることが多い。

そんなのを目の当たりにしてるとホント悲しくなる。





話を戻そう、

食べては戻し、食べては戻し、
ソレを辞められないで苦しむ人を見ていると
やはり人間関係からきてるものがほとんどのような気がする。


人間関係が希薄になっていると言われるようになってから随分時間経過はあるが、
それは 他人との関係だけではなく家族同士の関係にまで及んでいるのだと思う。


血のつながった家族と言えども、以心伝心を過信して言葉を交わすことを疎かにしている、
そうすると気づかないうちに気持ちは離れていく。

子供が何を考えているか知ろうとしない親。
優しさと甘さ・厳しさと冷たさ・寛容と放任の違いがわからない親。
子育ての責任を他人(学校)に押しつける親。
子供にビビり、子供にナメられる親。
そして、親に対して心を閉ざす子供。




本当に吐きたいのはその胸の内・・・

なんだよね。

本当に受けるべきは、自らの苦味ではなく親の苦言・・・

本当に問題なのは、摂食不良ではなく、
家族の接触不良のような気がしてならない。


食べては吐き、食べては吐きを繰り返す。
自分でも良くないことだと理解できてはいても嘔吐を繰り返す。

そういった経験の無い人や知識の無い人からは到底理解できない行為であろう。


『人の気持ちを考えろ』

と教えられて育ってきているはずだが、

本当に人の気持ちを心底考えてあげられる人なんて

どれくらいだろうね。

いやいや・・・無理ですから。

厚生労働省が育休中の手当てを増額するとか。

育児休業給付をいままでの半分から3分の2にするって。


子育て世代への経済支援の強化、育休を取らない男性にも積極的な取得を促すのが狙いと、

少子化に歯止めをかけられるんじゃね?って政府は思ってるのかも知れんが、

個人的な意見を言うと、

無理だと思う。

そりゃ正規労働者ならば育児休暇を取れる権利はある、

法律上、取らせなきゃいけない決まりもある。


でも実際、取れない、取りにくい、取らせない、
そんな雰囲気が出ちゃってるのも事実。

キチンと育児休暇なんてもんが取れるトコなんてごく一部の大手企業や
ものすごくクリーンなお仕事してる立派な会社くらいじゃないのかな?

子供が高熱を出したから半休下さいとか
身内に不幸があったので休暇を下さい

休ませてはくれるだろうが、怪訝な態度をあからさまに表に出す会社もあるでしょ。

会社によっては社員なんて
つかいすて
程度にしか考えてないとこだってあるしね。

育児休暇なんて取ろうもんなら

嫌な顔されて、たとえ戻ってきても自分の席が無いとか、


育児休暇中の休業給付を引き上げることも
男性にも育児休暇を与えるってことは良いことだけどさ、

育休後の労働者の雇用体系まで含めて整備してやらないと

ただの

雇用保険料の引き上げだけで終わってしまうんじゃないの?


親子間の温度差は人間だけの話じゃないわけで。

子育てをひと段落し悠々自適に暮らす会社の猫。
これから訪れる寒い季節に向けて脂肪を蓄える為に食べる食べる。

授乳中は骨と皮だけのミイラのようになってたが最近じゃコロコロとしてきたわけ。
親猫

で、コイツには5年程前に産んだ息子が居ましてね。

その息子も同じ敷地を出ることなく生きているわけですが、これがまた

仲が悪いのなんのって。

すれ違おうものなら『しゃーっ!』となって猫パンチの応酬、

猫社会の仕組みや猫同士の上下関係ってもんは知らないが、
他の猫に出くわしても何食わぬ顔してすれ違うくせに、
この親子だけはお互いどうも生理的に合わないらしく、
視界に入るだけで喧嘩がおっ始まるわけ。

血の繋がった親子でも、お互いどうしても譲れない納得できないもんがあるんだろうか。

まるで、
私のトコみてぇだ(笑)


そんな肌の合わない親子がバッティングしましてね、
親子猫1

こっちに向いているが後ろが気になって仕方ない母親と
こっちを見ているが前の母親が気になって仕方ない息子・・・


なんとも言えない緊張感が走っております。

この不仲関係、
私がこの会社に来る前からこのような状況らしく、







何があっても目を合わせないわけ。
親子猫2


まるで我が家のようだ!

ホント久々の車イジりでして・・・

ここ数ヶ月まるっきり車に興味が湧かなくなってまして、
車検が終わってから洗車以外車を触ることなく、ただ乗るだけ・・・

って日々だったわけで。

まぁ体調も良くなかったし、比較的忙しい毎日を送ってたので、
ここで車まで気にしちゃうとアレもコレもと自分で手に負えなくなるので、
あえて車には目を向けなかったってーのもあるんですが(という言い訳)

そんなこんなで約半年、
色々落ち着いてきたので自身にちょっと余裕ができたのか、
車に多少目が行くようになりましてね、

何気にみると
左前の車高が極端に違うワケ。

『ちょっと目を離した隙に育ったか?』(育つわけないが)
右側はフェンダーとタイヤのクリアランスが指2本に対し左側はゲンコツが入るほど。

そんな差が出たら普通気が付くはずだが、それすらも気がつかんくらいダメ人間化してたわけで、

まぁ、この際だから暇だし今日は久しぶりにじっくり車と向かい合うかってことで、
朝からウマに乗せて潜り込んでおりました。

AE111

原因は車高調整のブラケット側のロックの緩みでして、
完全に緩んだロックシートはスプリングシート側まで緩み上がって
走行振動で車高調整機能が回り車高がどんどん上がっていってしまったと。

驚きよりも、
ふ~ん、こんなことあるんだ。
ってーのが正直な感想。

ついでだから全部の調整部のメンテナンスと調整をして、
減衰力の調整やり直して、走っては調整の繰り返し。

久しぶりに車と向き合ってみたけど、

半年前とは見方も考え方も変化してる自分が居たりしてね、
考え方や本質なんかはそう簡単には変わらないという人も居るけど、
人間変わらなきゃいつまで経ってもそこで足踏みしてるだけなわけで、
そんなの自分は嫌だからね、良くも悪くも変化や進化を続けていくわけで、

まぁオマエは言ってることと遣ってることがコロコロ変わると言われるかも知れんが、

人間変わっていって当然なんだよね。

形あるものはいつか崩れるもので。

米国のエリジウムという会社が『宇宙葬』サービスをこの10月から日本でも始めるようだ。

費用は20万円弱と一般人にも手の届く価格で、遺灰を乗せた人工衛星は軌道上を数ヶ月周回し、
そのあと大気圏内で燃え尽きる、遺族や友人はソレまでの間、
いまどこに遺灰があるかをスマートフォンなどで確認できるらしい。
宇宙




う~ん・・・宇宙かぁ~・・・


人間いつか命は尽きるわけで、
日本の場合火葬後の遺骨や遺灰は、墓地や霊園、納骨堂に納めるのは一般的だが、
離婚や疎遠、それぞれの家庭の事情があって先祖代々の墓に入れないという人も案外多い。
そういった事情や金銭的事情、本人の遺言などで『散骨してくれ』という人も少なくない。

最近じゃその散骨葬のサービスを承る業者も増えてはきているが、
まだその認知度は低い。

まぁ散骨と言うと
そこら辺に遺骨をばら撒くというイメージがあって
いくら無宗教の人間でもあまり良いイメージではないからだろう。


その散骨も認知度が増えてくにつれて『個人でもできるの?』と言う人もでてくる。

結果から言うと、散骨は個人でも可能である。

国は海や山に焼骨(遺灰)を撒く、いわゆる『散骨』に対して
『墓地、埋葬等に関する法律においてこれを禁止する規定はない、この問題については、国民の意思、宗教的感情の動向等を注意深く見守っていく必要がある』
という見解を示している。

さて、ここからが問題、
散骨と言うと遺骨をばら撒くというイメージを捉えがちだが遺骨と遺灰は違うわけで、
散骨するには遺骨をそのまま海や山に撒くことは法律で禁止されている。
ようするに遺骨ではなく遺灰、つまり粉末にしなければならないわけで、最低でも2mm~3mmに砕くのが条件になる。

粉末化させるには袋に入れて棒のようなもので叩いて砕く場合や
すり鉢などで粉末にする方法もあるが、心情的にできない場合は専門の業者に頼む必要がある。

さて、いよいよ散骨となるわけだが、
散骨というのはあくまでも散骨であって埋めるのとは違う。
穴を掘って埋めたり、一箇所に置くような『埋める』というのは
墓地、霊園といった決められた場所以外で行うと違法となる。

あくまでも散骨が条件。

うん、正確には遺灰を撒くわけだから『散骨』ではなく『散灰』なんだけどね。

じゃあその遺灰はどこに撒くの?となるわけだがそれが問題で、
好き勝手自由にどこでも撒いて良いというわけではないのが一番の問題、

総務省は散骨に対し『葬送の目的で節度を持って行えば問題ない』といっている。

散骨自体は違法ではないが、撒く場所ややり方によっては違法にもなるってこと。


海洋または山へ散骨というのが一般的ですが、
他人の土地に勝手に撒いたり、漁場などで撒くと、民事訴訟での損害賠償の対象になるので注意が必要です。

船をチャーターして沖に出て散骨、これが一番ベストなのではないかと。

まぁ、このような散骨を自分でやろうとすると、
『貴人責任』という言葉が最後までついてまわりますがね。

自信の無い方でできるだけ安く済ませたいという方は
海洋散骨だけを業者に依頼するのも手だと思います。







拡声。

台風の影響であちこち冠水して道路が水没
水が引いた後は流れてきた流木や泥でぐちゃぐちゃ・・・
『もぉ、またかよー。』なんて感じで最近じゃ慣れてしまって
晴れの日と雨の日で通る道を変更したりして難を逃れてきましたが、

まさか土砂崩れとはねぇ・・・
がけ崩れ
まぁあれだけ降れば水分を大量に含んだ地盤は緩くなって
限界がきて重力に負けて流れてまう。
コレを処理する方々の苦労を考えれると申し訳ないが、
家屋が飲み込まれるとか人命に関わる事態ではなかっただけ良かったとしよう。


こういった災害や火災、事件に役立つのが防災無線。

この存在はこっちに引っ越してきてから知ったものだが、
初めてこの放送を聞いたときは正直『煩いなぁ。』であった。
震災の時にこの重要性を思い知らされ今では煩いどころか逆に気になるようになった。

圧倒的に多いのが火事で、驚いたのが放火が一番多いのにはビックリした。

この地区だけ放火が多いのかと思い各消防のホームページで確認してみたが、言い方は悪いがごく平均値。
都心部に住んでるころは防災無線などで火事の情報など発せられることは無かったので気付かなかったが
どこも放火や不審火、電気火災や火の不始末による火事が多いことに驚かされた。

まぁこういったものが、あるのと無いのとでは身の引き締まる度合いも違うもので、
こっちに来てからというもの、以前よりも自分の身の回りの始末をキチンとするようになった。

AE86のラテラルロッド

ずいぶん前の話ですが、

AE86って車のリアサスペンションは5リンクなのでラテラルロッドが装着されてます。
まぁAE86オーナーやちょっと車に詳しい方なら当たり前のようにご存知なことですが、

車高を下げてくと構造上右に寄ってしまうわけで、
純正ラテラルロッドのままの私のAE86もこらまた右に寄ってます。

15inch,8Jでオフセット-2というホイールですので、
フェンダーツメ折り程度じゃタイヤがフェンダーにヒットして当たり前なワケで、
何より後ろから見たときにホーシングごと右に寄ってる姿が非常にカッコ悪い・・・

見た目的にも精神的にもよろしくないので
調整式ラテラルロッドに変更したわけです。
ラテラルロッド
ターンバックル部(調整部)が中央にあるタイプは経験上だいたい応力が集中して曲がってしまう可能性があるので(前AE86で経験済み)ターンバックル部が中央でがないモノを選びました。

丁度良いことに強化ブッシュ圧入済だしね。


だって、純正ブッシュが終わってたからね(笑)
ブッシュ
27年間お疲れ様です。

で、問題の調整なのですが、
上にも書いたようにトヨタのラテラルロッドはストロークしてホーシングが右に寄ります。
結構車高を下げてしまってるので1G状態でも既に地面と水平くらいまで上がってしまってます。
なもんでバンプストロークでホーシング側が上がる、つまり右に寄っていくわけです。

ホイールがこのサイズですからセンターにあわせてもストロークのたびに
右側のフェンダーばかり干渉するんですよね。

ですから、少しばかり左に寄せておくわけです。
ラテラル装着
スラスト角なんてもんは無視します。

とにかくお気に入りのホイールとタイヤがバンプで干渉しない調整。
走り云々よりそっちに重きをおくわけです。

左右の旋廻性能が変わってしまうとか
正攻法じゃないとかそんなもん抜きで(笑)

別に峠やサーキットを攻めるわけじゃないからね。
リア

よーするに

自分が楽しめればいいんです。

何があってもソレを選択するべきではないわけで。

人の手も借りたいくらい忙しい仕事が片付いた後や、
自分の体を酷使するほどのスポーツの後などについ出てしまう

『死ぬほど疲れた・・・』と言う言葉。

軽い気持ちで吐き出してしまいがちな言葉だが自分は使いたくない言葉の部類に入る。
そう、簡単に『死』と言う言葉を使うもんじゃないと思っているからだ。
ただ、自分が使いたくないだけで他人が発しても決して嫌悪感は抱かないがね。

30代に入ってからだろうか、
自分の死というものを考えるようになったのは。
40代半ばのくせにまだ死を考えるのは早いだろうと言う人もいるだろうが、
自分の中の時限爆弾がひとつずつ爆発していくにつれ死と言うものと向き合おうと思い始めた。

それと人の最期を見てしまう仕事に就いたことの影響もあるだろう。
自殺、孤独死、自然死、病死、誰にも見取られることなく故人となり
朽ち果ててしまった後の後始末をする清掃業務の影響もかないあるのは確か。

グロテスクな話だが死後2週間というものはテレビや映画などで見るものとは全く違うもので、
腐敗し悪臭を放ちドロドロに溶けてしまって蝿やウジが体中を這い回ってしまっていているような状況で
仕事を始めた時はとても直視できるものではなかった。

世知辛い現在がそうしてしまってると断言してしまうのは違うとは思うが、
人間、追い込まれてしまうと冷静な自分で居られなくなってしまう場合もあって
強制執行で訪れた家でドアを開けた瞬間に農薬を飲んでしまう者、首を吊ってしまう者、包丁で己の首を切ってしまう者、


それを嫌という程見た者としてはとても簡単に死と言う言葉は発せられなくなる。


死ぬくらいなら死ぬ気で頑張れなんて言う人間も居るが、
それができないから自らの命を断ってしまうのだろうが、
何の根拠や統計でもないが責任感の強い自営業経営者や
真面目に生きてきた人間程、追い込まれてしまうとこういった事態になってしまう。

自分で会社を経営。業績不振に長く苦悩。
生活していくためには廃業もできず、だからと言って経営を継続していても業績は悪化していく一方。
八方塞がりの状態のままやがて会社は倒産。
そして、あとには一人では負いきれない額の負債だけが残った。

一時期は業績も好調で、左ウチワとまではいかないまでも、それなりに余裕のある生活ができていた。
だが、それも過ぎてみると短かいもので、業界全体の低迷に事業も飲み込まれ、苦しい時が続く。
そして、辛抱の甲斐なく倒産・廃業・・・
そして仕事を変えることを余儀なくされてしまった。

長い間その業界に身を置き、独立してからもその業界一筋にやってきた、
異業種に通用する程の技能らしい技能も経験らしい経験もない。
更には、若くない年齢も足を引っ張り、勤めにでたくても雇ってくれるところは見つからない。
日雇のアルバイトで食いつないではみたものの 、社会はプライドを持ち続けることを許してくれなかった。

それに耐え切れなくなって自らの命に終止符を打ってしまう・・・
そんな人が後を断たない。



今の時勢では、働きたくても働けない人が大勢いる。
仕事を求めても仕事にありつけない多くの人が いる。


やる気はあのに能力がない
根性はあるのに技能がない
年はとっているのに経験がない



そう言ってしまえばそれまで、自業自得と言ってしまえばそれまでだが、
仕事の有無は生活に直結する死活問題。

ただ、経営者・事業家と従業員・サラリーマンとでは、仕事を失うことの意味が少し違うわけで、
事業に失敗するのと単なる失業とでは、その負荷に違いがあるんだよね。
サラリーマンが再起を図ろうとすると、ゼロからスタートできる。
損があっても、せいぜい賃金の遅延や退職金の 不払いくらい。

しかし、自営業者の再起はマイナススタート・ ・・
一般的な中小零細企業や個人事業には、買掛金や借入金などの負債はつきもの。
だから、商売に失敗すると負債と言う重い荷物が残るのだ。
それが返済できる程度の金額ならまだしも、一生必死で働いても返しきれない額であることも珍しくない。

そうなると、もうお手上げ。 破産するしかなくなる。


そうして追い込まれて逃げることもできず
自分を終わりにしてしまう人を何人も見てきたが、

何も死ぬことないだろうよ、と言うのはあまりにも軽率で
だからと言って自業自得が招いたこととも言えない。

自分もそんな時期があったからね。


でもね、

なにがあっても自分の命を断つことはやめて欲しい。
逃げてもいい、ズルくてもいい、みっともなくたっていい、

生きてりゃそのうちイイことあるはずだから。

Long iong time ago・・・

♪僕っらが生まれてく~る、ずっとずっと前にはも~♪

♪アポロ11号は~月に行ったっていうの~に~♪



あ、生まれてましたけど・・・


まぁ前回の記事と似たような話題になってしまいますがね

自分が子供の頃とは比べ物にならないくらい便利になった現代、
図書館なんかに行かなくてもクリックするだけで大量の情報が得られ、言った事も無い土地の会ったこともない人達と交流ができたりもする。

物凄く便利になったってことは嬉しい限りだが少々寂しさと切なさを感じてしまうこともある。
夢や希望が大きく持てなくなってきてしまってるのでは?
あまりにも多い情報を詰め込んでしまうがために現実が見えすぎてしまって大きな夢や希望がもてなくなってしまってるんじゃないかと。

まぁ人間って生き物は欲の塊で無ければ欲し、手に入れば不満を言い出す。
こう書いてる私もその一人でもある。

子供の頃、本で見た未来。

宇宙に飛行機で行ける時代が来て、外のどこからでも電話が掛けられて、世界中の人と話ができるツールが出来て・・・
本を見ながらそんな日が来たら凄いだろうなぁ~なんて夢を見ていたもので、


そんな夢をスペースシャトルが実現し、携帯電話が普及し、インターネットが普及して・・・

便利になったのはいいがソレらにぎゅうぎゅう詰めに押し込まれ、
時間の無駄だとせわしなく動きまわり自分達で自分の首を絞めてく結果になったりね、

ブラック企業、過労死、夫源病、
少なからず昔っからそんなもんはあっただろうが今のように線引きされるもんじゃなかったわけで。

少子化に歯止めをかける為に国が支援しましょうなんて昔じゃ無かったわけで、



現在一人の女性が一生のうちに産む子供の数は二人に満たないらしい。
まぁ、平均のデータだろうから、一概に一人っ子の家庭が増えていると言いきれるもんじゃないけどね。

まぁ、一人っ子には一人っ子のよさが、子沢山には子沢山のよさがあるだろうが、どちらにしろ、子供が少ない社会より子供が多い社会の方が明るく思えるのは自分だけだろうかね?

ちょっと昔は、三人兄弟(姉妹)・四人兄弟なん て当り前で、父母・祖父母の代では五人以上の子沢山も珍しくなかったみたい。
そう考えると昔はさぞ、賑やかな生活だったことだろう。
家族関係や隣近所の人間関係も、今ほどは希薄ではなかっただろう。




現代には、当時にない豊かさや便利さがあるけど、
逆に、現代が失ったものが当時にはあったような気がする。

古い時代ばかりを賛美するのは現代人の悪い癖だが、
現代が子供を産みにくい時代、子供を育てにくい時代、大人が夢を持ちにくい時代、
大人が希望を持ちにくい時代になっているのは間違いないような気がする。


私の無知からくる、ただの思い込み・気のせいだろうか・・・

シンプル。

『伊香保おもちゃと人形自動車博物館』の続きになりますがね、

ハチロク関係でネット徘徊してるとよく見る画像
藤原豆腐店AE86
ココだったんですね。




私もAE86レビン(通称ハチロク)なる車に縁あって乗ってまして
まぁどうしてもハチロクじゃなきゃ嫌だって程のハチロク崇拝者ではありませんが
せっかく来たんだし、そこに展示してあったんだからパシャリと(笑)

他にもワークス仕様のハコスカや30Z、サニーなんかもありましたが、
ちょっと変態的な目線で気になったのがコレ。
ギャラン
三菱ギャラン(でイイんですかね?)

勝手な考えなんですが、コテコテのスポーツカーってあんまり興味が湧かなくてね、
そこら辺に走ってる乗用車ベースで頑張ってるようなレースカーが好きなんですよね。

言い方は悪いですがダサカッコイイと言うか、
スポーツカーって速くて当たり前、ソレをフツーの乗用車ベースの車両がぶっチギってく姿って
なんだか凄くかっこよく思えてね。

まぁあくまでもこういうレースカーや綺麗にレストアされて車は私にとって憧れなわけでして、
金銭的にも精神的にもこういう車を維持しながら乗るのは無理!と。

現実は21万キロの過走行ポンコツレビンで充分と(笑)


レースカーよりも綺麗にレストアされたスポーツカーよりも
個人的に物凄く気になって仕方なかったのが、


サブロクの軽自動車
フロンテ

私が子供の頃の軽自動車と言ったらこの排気量360ccの小さな小さな軽自動車でして、
現在の軽自動車なんかと比べたらとても小さく、馬力もあるわけでもなくスピードが出るわけでもなく
装備なんてホント必要最低限で大人4人がホントに乗れるの?ってくらいのコンパクトさ、

常々思うんですが、
軽自動車の本来の姿はコレなんじゃないかな?と。

ボディもエンジンも小さくて小回り効いて
タイヤも小さくて維持費も物凄く安い。
快適装備なんかも必要最低限でちょっとした移動の手段みたいなね
ポータートラック

まぁ、当時はそんなもん無かったですが、
パワーステアリングもパワーウインドも無い
ナビもなければステレオすらも付いて無い
ABSも無ければディスクブレーキでもない
今の車から見ればすっからかん

道路事情や安全基準で今はこんな小さな車は作れないでしょうし
作ったとしても売れないんでしょうが、

私の中での軽自動車と言ったらコレなんですよねぇ。

ちょっと現実逃避な時間。

ど~も。

リンゴ園に続き『伊香保おもちゃと人形自動車博物館』に行ってきたわけでして
入り口

まぁ仕事ですし自分から行きたいと思って行ったわけではないので、あまり興味とか無かったわけでしてね、
『へぇ~そんなトコあるんだぁ。』くらいにしか思ってなかったわけですよ。

第一印象はずいぶんお洒落で綺麗なトコだなと。

入ってすぐティディベアがお出迎えしてくれましてね、
テディベア
まぁこうして見るといろんなティディベアがあるもんで、
あんまり物事に興味の湧かない(深く追求しない)私でも
じっと見てると色んな部分が見えてきて仕事を忘れて見入ってしまいそうでしたよ。
詳しくは知りませんが長く愛され続けてるものでも少しずつ時代に合わせて進化してるんですね。
可愛いとか言う感覚は時代によって変化してくものでしょうから、その時代のニーズに合わせて変化していってるんでしょうね。

私ゃ最近のティディベアも当時のティディベアも好きだなぁ。


ミリタリーブース(?)
jeep
なんでしょうかね?

トイレに寄ったときにチラッとしか見れませんでしたが、
このJEEPを見ると子供の頃テレビで見た『コンバット』を思い出しましてね、
アメリカ軍とドイツ軍に分かれて戦争ごっことかしたなぁとか、
田宮模型の戦車のプラモデルを作ってジオラマとか作って遊んだなぁと、
そんな忘れかけていたものを思い出させてくれましたよ。



うん、この昭和ムードもたまりませんね。
レトロ
子供の頃の爺ちゃん婆ちゃんの家の周りがこんな雰囲気でね、
駄菓子屋の軒先で50円のもんじゃ焼きを食べたりしたもんです。

ま、今に比べて決して便利とは言えず
携帯電話も無かったし、コンビニなんてもんも無かったし
ATMなんてもんも無かったからね時間に制約とかもあって
どちらかと言えば不自由だったのかもしれないけど、
それなりに暮らしてたんだもんなぁ~なんて、

そう考えると世界は狭かったけど、
当時のほうが時間ってもんを大切にしてのかも。と。


そんなこんなを思いながら、私の目を一番釘付けにしてくれたのが、



この洗濯機。
洗濯機

あったあった!
そういえばウチにもあったわこの洗濯機。

井戸のポンプをシャカシャカと動かして水溜めて
石鹸を衣類に塗りたくってからタイマー回してさ
ローラーに洗濯物挟んでグルグル回して脱水するこれ。

当時はこれでも便利なものでさ、
洗濯板でゴシゴシやるより百倍マシでね。

この時代はこの時代で楽しかったなぁと。


仕事しながらそんな懐かしい思い出にふけってたわけで。


そう思う時点でジジイだな(笑)

まぁ日常なわけです。

仕事で長野まで行くということで準備を進めてたんですが、

前日に長野ではなく群馬だということを知りちょっと慌てました。

これで私がどんだけいい加減に過ごしてるかおわかりでしょう(笑)


まぁ方角的にも時間的にもさほど変化はないということで
慌てることなく行動しましたがね(こういった部分もいい加減ですね)


まぁそんなことは置いておきまして


お邪魔したのは某リンゴ園
家屋

リンゴとは関係ないですがなんとなくイイ感じの景色だったのでパシャリ。




実は木に実っているリンゴを間近で見るのは初めてでして、
リンゴ

テレビや写真では見るのですが実際見るのとは雰囲気も迫力(?)もちがいますね。

広大な敷地に実るリンゴ達、
コレを維持管理するのは大変だなぁと改めて思いました。

まだまだ知らないことが自分にはたくさんあるなと、
ただの旅行として行くのとはまた一味違う感覚。

景色ひとつとっても、それが空気であろうとも
その場所でしか捉えることのできない雰囲気

仕事の一環の中にもそういった感覚をなくさないでいるのも
大事なことなんじゃないかなぁと

そう思った瞬間でした。

仮設住宅。

業務も一段落したということで、
資材置き場の片付けをしたわけですが、
それに伴い、猫さんの住まいを撤去することになりましてね。

ま、猫の気持ちや言葉なんてもんは解りませんが
今日は猫目線で書いてみようかと思いますです。



オイ、こら!
アタシの家はどうしたんだよ。

猫1





ん~、どこかイイ寝床はないもんかなぁ~
猫2



無いぞ~


無いぞ~


そりゃね、キレイに片付けましたから。





結局、




フテ寝
猫3


もう暫くお待ち下さいね。
来週には家作ってやるから。

地震・雷・火事・ナントカ。

幼少の頃のハナシですがね。

可愛い子には旅をさせろってことで、一人で初めて爺ちゃんの家に行った時の話。




そんな爺ちゃん家にあと数十メートルで到着するってーとき、
何気に目が行ったドブ板の隙間から何やら動く物体があったワケ。

興味半分、恐怖心半分で近づいてみると、







爺ちゃんがドブ板の隙間に居た。




何故オマエが居るんだよ!って顔をしてたが
それはコッチのセリフでもある。


爺ちゃん、人差し指を唇にあて
『しーっ!』っと黙ってろの合図。

いやね、いきなりそんなこと言われてもさ、
あなた半分汚ぇ水に浸かってるじゃないですか、
そんな状況で『しーっ!』って言われてもね、

何が起こったかチンプンカンプンな俺、
すると家のほうから婆ちゃんのデカイ声が聞こえてきた。



ごるぁぁぁぁぁぁぁ!
爺さんどこ行ったぁぁぁぁぁ!


鬼のような形相で出刃包丁を持って裸足で家から飛び出てくる婆ちゃん。


このとき初めて昔話の本でしか見たことのなかったヤマンバを見た。

そのヤマンバ・・・いや、婆ちゃんがコッチに向かってくるわけで、
恐ろしくて逃げようと思ったが足が動かない、
蛇に睨まれたカエルっていうのはまさにこういうことだ。

そこに俺が居るとは思わなかった婆ちゃん、息を切らしながら、



『おぉ!Asahi、爺ちゃん見なかったか?』と。


いや・・・ソコに居るんですけど。

とはとても言えなかった。


目の前には包丁を持ったヤマンバ、
そこのドブには半分漬物になった爺ちゃん。

とっさに出た答えは
『いや・・見てないんですケド・・・』



どうやら爺ちゃん、外に女を作ったのが婆ちゃんにバレたようで、
逃げ場を失った爺ちゃんは咄嗟にドブへ飛び込み、
それを追いかける婆ちゃんはヤマンバへと化したようだ。


まぁ、
その後どうなったかは記憶に無いが
面白い家族でいいじゃないか!と。

古い人間だとお思いでしょうが・・・

えぇ、古い人間デス。

いまだに『パスタ』と言う言葉に違和感を感じついつい
スパゲッティーと言ってしまいます。

まぁね、そう言うと会社の若いもんに苦笑されちまうので無理してパスタなんて言ってますが・・・


オッサン度丸出しの記事ですがね(実際にオッサンですから)
昔と違う言い回しにどうも慣れなくてね、

『ドット』なんて言ってるけど
水玉じゃダメなの?

『ボーダー』と言われてるけど
シマシマじゃイカンのですか?

『レギンス』とか聞くとピンと来ず
スパッツじゃダメなんでしょうか?

『レインブーツ』とは言うけど
ようは長靴だろ?

『ローダウン』なんてカッコ付けてるけど
つまりシャコタンじゃねぇか!



首輪をチョーカーとか言ってみたり
ズボンをパンツと言ってみたり

オッサン時代についていけず取り残されてマス。


まぁ女子が『スイーツ』なんて言ってると
『うん、まぁ最近の子らしくていいや。』なんて思うんですが、

野郎がスイーツなんて言ってるのを見ると
正直鳥肌が立ちます。




まぁ、
そんなこと言ってる時点でオッサンなんですけどね(笑)

面倒臭がり屋

人の後をくっついてばかりのことを『金魚のフン』なんて言いますが、

まぁウチにもその金魚のフンが居ましてね、

まぁ犬なんですけどね。

キッチンに立とうがトイレに行こうが風呂に行こうが
後ろをちょろちょろついてくるもんだから振り向きザマに・・・

キャン・・・


私がクソ狭い家の中を異常にウロチョロするもんだから
だんだんなっぱさん(あ、犬の名前ね)疲れてくるわけですよ。

くっついて歩くのも疲れてくるわけで、
また振り向きザマに踏まれるのも嫌だし、
でも金魚のフンはやめられないわけで、

で、どうするかというと、




目だけで追うわけ。
クテクテなっぱさん

ずぅ~っとこのふたつの目が

私の行く末を見つめてるわけでして、
まぁよくも飽きないものだと・・・・




あ、




飽きたみたいですね。
爆睡

フテ寝してます。

健康&不健康。

仕事の休憩時間にオッサン連中で病気や健康の話、
若い頃は老い先短いジジィの井戸端会議だなんて馬鹿にしてたが、
そんな話の輪に最近加わって盛り上がってる自分・・・

それなりに体が老朽化してきたんだと実感さぜるを得ない。

まぁ、どちらかと言えば(は?)肉体労働、
ほんのちょっとの精神労働と頭脳労働はあるが肉体労働である。

肉体労働は体が資本であるが、
寄る歳波には勝てないらしくあちこちを痛め弱めている。

とくに腰は痛めやすい部位でして、

治った頃に調子に乗ってまた痛めたりと悪循環が続く。

そんな腰の爆弾をちょっと労わりながら、仕事ができなくなるくらいの重症を負わないよう
充分気を付けてるつもりではいるんだがね(笑)

身体の調子が悪いと、気まで弱くなってしまうもので、
普段当たり前のように思っている健康がどれだけありがたいことか、
実際に身体を痛めて(病んで)みると改めて身に染みるものがある。

先日、ちょっと思うトコがあって病院に行った。

昔から思うのだがカルテは何故ドイツ語なんだろう?
まぁ、最近は電子カルテだから病名以外は日本語でキーボード入力なんだけどね、
その電子カルテに入力された病名を見て『ん?』と。




有棘細胞癌


正直かなり凹んだね。

まだまだやらなきゃならないことはたくさんある。
てか、やることがたくさんある。

別に余命宣告受けたわけじゃないが、正直凹む自分。




まぁ、
そんなもん吹き飛ばしてやるけどね。

たかがゴミ、されどゴミ。

もう使わないモノ、必要の無いモノ、捨てるモノ、廃棄物、
つまりゴミなわけですが、

そんなゴミであるからにして粗末にするわけで、
各都道府県の条例でもゴミは分別してくれと言われて既に幾年か経過してるにも関わらず今だごちゃ混ぜで捨ててる輩が多いわけです。

まぁ正直ゴミの分別は面倒臭いですからね、
多少混ざっちゃったていいやなんて気持ちも出てきて当然です。

でもね、
そういった廃棄物を回収してリサイクル原料として再生してる側の立場からしてみたら、
キチンと分別してよ。と思うわけ。

ま、こちらサイドの愚痴なんだけどね(笑)

そんな愚痴ったついでに言うんだけどね、
自分とこってビン、缶、ペットボトルをリサイクルしてるわけよ。

だからウチに入ってくるのはビン、缶、ペットだけのはずなんだけど、
入ってくるモノの約3割はゴミなわけよ。
そのまんまマグネットやプレス機、破砕機にぶち込むわけにもいかないから
全部袋を開けて手作業で余計なものを排出するわけさ。

そんなのお前らの仕事だろって言われてしまえば仕事だから文句は言わんのだが、
手作業で分別してる以上、見たくなくても見ちゃうんだよね。

弁当のゴミ、ガムの包み紙、ナプキン、割り箸・・・・
こんなもんは当たり前だし仕事の一部だから半ば諦めてるけど、

酷いもんになると使い終わった生理用品、コンドーム、パンツ、嘔吐物とか
できることなら触れたくないものがたくさんあるわけだよね。
まぁどれもこれも仕事だから仕方ない。

一般的な考えだとゴミってもんは回収車に回収されたらそのまんま焼却炉行きって考えだろうから
ホイホイと簡単に捨てるんだろうけど、資源ゴミに関しては役所の回収業者だろうが一般の産廃業者だろうが一度ストックして手作業で分別する工程が発生するのね。

ゴミ箱ポイ=証拠隠滅にはならんわけよ。
どこかの誰かに見られちゃうのよね。

ネットショップで買った大人のオモチャの空き箱に送り状貼ったままだとか、
そんなエログッズと共に捨てた袋の中にダイレクトメールと一緒に入ってたとか、
金融会社の請求書や薬の注射器とか、恥ずかしいもんが何処の誰かも知らない人間に見られてるわけじゃん?

まぁそんなもん見つけたってそいつん家まで届けたり個人情報拾ったりなんて馬鹿なことはする気は無いけど、日常茶飯事だから無言で分別してるけどね。

面倒臭いかも知れないけど、
ゴミはキチンと分別したほうがいいよって話し。

ドライブレコーダー

ココ最近ドライブレコーダーを装着してる車が増えましたね。

まぁ事故発生前後の映像と音声を記録してくれて、
もしもの時の事実解明の補助や不利な過失割合算定なんかを防止してくれたりと、
またドライブ好きな人なら走行中の景色とか録画して楽しめたりもする便利なものですが、

動画投降サイトなんかでよく事故の瞬間のドライブレコーダー動画を見るたびに
『あぁ、自分も気をつけないとなぁ。』なんて思わせてくれたりね。


ロシアって国は自動車事故が多いお国のようでドライブレコーダーの装着率が非常に高いそうで
それに伴い事故動画の投稿もかなり多い。
見ていて『おいおい!大丈夫か?』と思うような日本では考えられない過激な事故動画がかなり見られるわけですよ。

まぁそういった時の過失割合をはっきりさせる為のものですからね、
内容は別として正しい使い方ですわな。

それとは別に他人の運転を動画に撮って馬鹿だのアホだのと投稿してる輩も居ますが
(こういった動画は個人的に好きじゃないですね)

ドライブレコーダー自体が事故等の画像を記録するものだから
見ていて楽しいなんて思える動画はそうそう無くて当たり前なんですけどね、

ときどきほのぼのする動画がアップされると、

なんだか心が暖まりますね。

オヤジ・・・やるねぇ~(笑)

ちょと暇だったもんで職場の近所をぶらり一人旅と言う名の散歩。

そんな一人タイムを満喫しながら歩いていたら

オッサンが川で釣り糸垂れてましてね、

そんな風景と時間の流れにほのぼのしちゃいまして、

『こんにちは~、何か釣れるんですかぁ?』

なんて柄にもなく話しかけてみたワケですよ。

オッサンもかなりまったりしてたらしく聞こえなかったみたいでもう一度

『すみません、何か釣れるんですか?』

と伺ってみた。

するとオッサン




『ん?河童だよ。』



と・・・・



カッパって・・・


突拍子もない返答にフリーズしていると、

『ほれ。』

とおもむろに竿を上げるとそこにはキュウリが・・・・






まぁ、何を釣ろうが人の自由だな。




やるねぇ~。

たかが小銭と思うべからず。

夜逃げで家具等を残してトンズラしてしまったとか、
動産放棄で競売物件を買ったものの家の中がゴミ屋敷状態とかで、
不動産管理会社や債権者の依頼で残置物の処理を依頼されたりしますが、
(勝手に動産は処分できないのでキチンと手はずは踏んでからですがね)

中にはタチが悪い人も居ましてね、
夜逃げするに至ったのは自分ではなく状況や環境が悪いとか、
自分の家を他人に取られるくらいなら腹いせに汚していってやろうとか、
そういった考えの人も居るわけですよ。

ま、
そんな人が住んでた家を片付けるたびに思うんですが、
至る所に小銭が転がってるんですよね。
テーブルの上に乱雑に置かれた雑誌や小物入れの下や中、
箪笥の中やら服のポケットの中、引き出しの中、
何かをどかすたびに1円、5円、10円と。

部屋の片付けが終了する頃にはちょっとした缶や箱がいっぱいになるくらい
コレでちょっとした物が買えるでしょ。
コレで完済は無理だけど返済の足しにできただろ?ってくらいね。

それとは逆に必死に働いても駆けずり回ってもどうにもならなくてやむなく家を手放すことになってしまった状況の人の家ってーのは1円たりとも落ちてることはなく部屋の中も案外キレイなんですよね。

1円を無駄にする者は1円に泣く

そんな言葉を思い浮かべながら清掃作業を黙々とこなします。
そんな家に限ってブランド物のバックや装飾品、高い家電や服なども散乱してましてね、
『リサイクルに回せないか?』とも言われるんですがだいたいそういった人は物の扱い方も荒く金額が付かないとか付属部品の欠品で処分となるわけですよ。

もっと物やお金を大切にしたらこんなことにはならなかったんだろうなと。



それと不思議なことなんですが、
そういった方の家には必ず決まってある植物があるんですよね。
俗に言う『お金の溜まる木』とか『幸せになる木』がね。
まぁそんなのただの偶然でしょうが・・・


日々そんな状況を見てると、
お金も物ももっと大切にしないとなと。

そう思いながら秋の空を眺めながら一服してます。

目立たないところで試してからご使用下さい。

と注意書きが書いてあっても

目立たないとこで試すことなんてせずいきなり使ってしまうタイプです。

ま、キッチンなどの油汚れのキツイとこに使ってたコレ。
オレンジクリーナー

結構頑固な汚れもサッと落ちてしまうんで重宝してたんですが、
もっと良い洗剤を見つけたのでコイツは他の用途にまわすことに。

コイツを片手に色んなとこを掃除してたら
今まで気にしたこともなかった裏のラベルが目に付きましてね、

ビニールクロスにも使用できます。と。

『おぉ!壁紙にもオッケーなのね!』
こう書いてあるとやりたくなるもんで壁紙にシュッと一吹き。


『スゲー!キレイになるじゃん!』

はい、皆さんもうお気づきですね。







一箇所やってしまったら
後には引けないわけです・・・


一部だけきれいになってしまった壁、
中途半端に終われないわけ。

床とは違って壁は4面ありますからね、
床を拭くより面積は広いわけです。

しかも自分の身長より高い部分もありますんで
脚立で移動しながらやらんとダメなわけ。



目立たないとこで試してから
良く考えてからやればよかったなと。

心の鍵はいつも開いてます。

別に心配性とかってわけじゃないんですがね、

外出するとき家の鍵を閉めた後、
『あれ?ガスの元栓締めたっけ?』となるわけですよ。

もう一度鍵を開けてガスの元栓を確認、
『うん、ちゃんと閉まってるじゃん。』と確認しまた家を出る。

で、車に乗り込んで信号待ちで、
『そーいえば玄関の鍵閉めたっけかな?』と急に不安になって
家に戻ってみるとちゃんと鍵は閉めてある。

まぁそんなに気にしたってキリがないじゃんと会社に向かう。

ほどなくして
『あ!部屋の窓閉めたっけか?』と急に不安になるものの
今更そんな理由で帰るわけにいかないし、帰ったとこで窓は閉まってるはずと。

仕事が終わって帰ってみると、
窓が開いてるわけです・・・

ま、こんなもんです。



今考えると、私が子供の頃は
ご近所さんはどこも鍵なんて掛けてなかったわけで、
隣のオバチャンが勝手に入ってきて『ちょっとお醤油借りてくわね。』とか
留守だったりすると近所のひとが洗濯物を取り込んでくれてたり庭に鍵付けっぱなしで車を停めといても盗まれるなんてことは無かったものだ。

ま、当時もそれなりに空き巣とか強盗、窃盗はあったけど今程じゃないし、
今の時代ご近所の付き合いなんてーのも希薄だしそんなことしたらあっという間に家ん中空っぽになっちゃうけどね。

でもね、
自分が子供の頃のように近隣住民同士で助け合って生きていたあの時代、
ソレが本当の日本社会なんじゃないかな?
と思ったりもする。

なんだか自分の身は自分で守らなきゃならない今の自衛の社会日本


なんだかちょっぴり寂しいような気がする。

赤っ恥

こん〇〇わ。


小学生の頃、
授業中に何をどう考えてたのか、

先生を呼ぼうとして、




お母さ・・・・


と、母と先生を言い間違えて何度赤面したことか。
バツの悪さとどうすることのできない雰囲気、
イジってくれりゃまだ救われるが子供ながらに気なんて遣われちゃって聞いてないフリされたときの気まずさったらねぇ。


ま、大人になったらそんな失態はやらかさないだろうと
生意気なガキはそう思って成長してったわけですが、


接客業で培われた癖ってーのはそう簡単に抜けないもので、

美容室に髪の毛切りに行きましてね、
シャンプー台で気持ちよく頭を洗ってもらってる時に事件は起きましてね、

洗髪の気持ちよさと顔に掛けてもらってる布で視界が奪われてすっかり気が抜けてたんでしょうね、

そんな時、お客さんが入ってきたようで、




いらっしゃいま・・・

えぇ、釣られて言ってしまったわけですよ。

完全に視界は奪われてますからね、
とっさに出てしまった言葉にどう店員が反応したかもわからない、
気が付かれてるのか気が付かれてないのか、
笑われてるのかスルーされてるのか、

このままシャンプーが終わって顔面の布を外されたときの周囲の雰囲気はどうなんだろと。



え?

オマエだけだよって?

いや、よくあるんですよ、コレが。

会うたびに
『何かイイことないかねぇ~』『何か儲かる仕事ないかねぇ~』
が口癖のAさん。

『まぁこんな時代ですからねぇ、そうなかなかないですよ。』
と、まぁよくある社交辞令なわけで、

内心
『んなもんあったら俺がとっくにやってるよ。』
と心で舌をだしながら受け答えてたりもする。
ザ・本音と建前だ(笑)

しかしこれがまた毎回口を開くごとに言われると正直うんざりしてくるもんで、
いい加減言ってるだけじゃなく行動しろよ!とか言いたくなったりもする。



ま、仕事を始めて自分が起動に乗り始めている頃は誰でも夢や理想を抱くもの。

でも実際は理想と現実・夢と実際は大きくかけ離れてるやりきれないジレンマにストレスを抱え、
経済社会という戦場で、生き残りをかけたサバイバルを繰り広げる。

本音風の建前を吐き続けているうちに自分の本心が分からなくなり、
仲間風のライバルと付き合っているうちに真の友を見失い『俺は回りの人間とは違う!』と孤高を張っているうちに孤独な身の上になってしまう。
頼りにしていた上司は他部署へ移動になり、新しい上司は肌の合わない頭脳派イエスマン。

そんな上司に相談できることは何もなく、気心の知れた妻子には仕事の話は通じない。
妻子が起きる前に家を出て、妻子が寝た後に帰宅する毎日。
家族とは会話らしい会話もなく、子供はとっくに父離れし、妻は能面のような顔で愛想笑い一つしない。

休日に家にいると、粗大ゴミか家政夫扱い。
妻と結婚した当初の頃が夢のように脳裏を過ぎり、それからの妻の変貌ぶりが悪夢となって自分を襲う。

抱えきれないストレスは、週刊誌のゴシップと他人の不幸で中和。
それでも与えられた目標を目指して、日々、つくり笑顔と平身低頭で成績を上げ続ける。
同期入社組の出世競争に遅れをとった劣等感と、ウマの合わない上司の下でなかなか評価されない挫折感に苛まれる 。

ありがちなパターンだ。

自分もこれで悩み苦しんだこともある、
それが蓄積されるとなぜか『なにかイイことないかねぇ~』が口癖になる。
そんな自分に嫌気がさしていたのも事実。

自分はこの中でもがき苦しむのも仕事のうちだと最近自分は思い始めた。

それが嫌なら自分で開業でもして社長になれ、
そんな勇気や財力が無いならソレを受け止めろとね。

負け犬の遠吠えかもしれないが、
それが現実だからね。

ただ、ネガティブでいるだけじゃなく、そのジレンマやストレスをひとつずつ自分で解決し消化していくこと、

それがいちばん大切だったりもする。






とは言うものの、

なかなかソレができないから苦しいんだけどね。

猫屋敷

職場で猫を飼い、自宅で犬を飼ってる自分。
時々どうでもよい疑問を己に投げかける。

果たして自分は犬猫に例えたらどっちなんだろ?と。

まぁ、どっちでもないんだけどね。

犬のように人懐っこいこともできないし猫のように自由奔放に生きることもできない。
彼らのように生きていけたらどんだけイイだろうと・・・
人付き合いも下手だし、世の中のしがらみに流され続けてくしかない自分には羨ましささえ感じる。



以前どこかで書いただろうか、
数年前まで強制執行補助業務、特殊清掃、残置物処理の仕事をしていた時期があって
今日はそんな『猫屋敷』の話。

動物と言えどもひとつの命、
捨てられたその命救ってやりたいという気持ちは誰にだったあるはずだ。
問題はその後についてくる責任だ。

責任とひとくくりに言うのは簡単だが、その責任感というのも人の器量によって少し違う、
今回はその責任のレベルが普通からは少々逸脱したタイプだった。


猫が好きな借主は家の回りに住み着いていた野良猫を拾ってきては野良飼い
余計な束縛も干渉もなく、都合のいいときだけ の付き合いで済むので、お互いにとって心地よい関係だっただろう。
せっせと猫たちのために働き給料の殆どを猫の餌代につぎ込み、やがて電気もガスも水道も止められた、
それでも猫を愛する彼は猫を拾い続けた。
部屋は自分でも整理できないほどに荒れ果て、糞尿にまみれ異臭を放つ。
しかし、そんな彼の中途半端な飼い方を近所の住人達は問題視。 多くなってきた近隣からの苦情をかわすため、 彼は猫達を家の中に入れペットにしたのであった。
独りでは埋められない心の穴を、猫との関わりで埋めていたのだろうか、

彼の動物愛護精神はただのエゴと化し周囲に悪臭と迷惑を掛けるだけになったわけである。


それを片っ端から片付け掃除していくこっちは大変なわけで、
猫の汚物と人間の汚物の混ざり合ったもんをスコップですくう自分は顔には出さなかったが怒りがふつふつと湧いたのを覚えてる。
いや、俺は掃除を生業としてるから仕方ないとして、近隣住民や借りてる大家にどんだけ迷惑掛けてんだよってね。


世の中全ての人が動物好きとは限らないわけで、
私も上にも書いた通り家で犬、会社で猫を飼っている。
飼っている側としてはそんなに気にならない臭いや体毛も嫌いな人間からしてみたら異常に気になるし気分も悪いだろう。

だから自分は自宅へ人を招き入れるのはあまり好きじゃない、
一応自分なりの最大限の相手へのエチケットだと思っているからね。
(皆にそうしろとは言ってないよ)

車に関してもそうだが家より他人が乗る機会はある、
だから臭いと毛には神経を使う。

ま、これもただのエゴなんだろうけどね。




純正ファンか電動ファンか。

夏前に水温が下がらないという症状がでましてね、
こりゃどうやらカップリングファンが逝ってるんだろうと

既に新品は部販から入手できないっちゅーことで
状態の良さげなファンを探して様子を見ようとなりまして、

ひと夏過ごしてみたわけですが
ファン
エアコンを作動させなければこれでも問題は無いなというのが結論。

色々検索してカップリングは分解でき中のオイルを交換できるというので内部のシリコンオイルを交換してみましたが、
内部のバイメタルまで逝ってしまってたらしくこの手は使えませんでした。

話を戻しますが、

AE86が発売された当時よりも温暖化の影響で気温が高くなってきているのと、自分の車のエンジンや冷却系がヤレてきていることやチューニング内容などの影響もありますが、

やはり渋滞時のエアコンONはグングン水温を上げる要因となり
結局今年の夏はエアコン無しで過ごしたわけです。

定番のプリウス電動ファン化も考えましたが元々がその動力を見越した電気負荷設計じゃないので、アイドリング不良やオルタネーターの発電不足など・・・それなりに弊害もありストリートではリスキーかなとも。
カップリングレスにすることであのレスポンスを手に入れることもできますがね(笑)

ま、夏の間ラジエターを2層化しようとかローテンプサーモにして追加ファンつけようかとか色々考えましたが、

そりゃ夏に限った悩みじゃねぇの?
と思うようにもなったわけで、

日本には四季があるわけで、春、夏、秋、冬、と。
4つある季節の中のほんの短い夏の悩みを解決するばかりに他の季節がオーバークールで調子が出ないなんてーのもどうかな?と思いましてね。
86


だったら夏だけ我慢して他の季節を楽しんだほうがいいんじゃないかってね。


そう思うとこれから楽しくなるシーズンだね。と。

開放っ!

職場の猫さん。

先日の子猫の親離れの件でかなり疲れてしまったらしく、

一日中こんな状態。
親猫

育児疲れのようだ。

もう歳だしなぁ。

その時点でダメなんだよねぇ。

ココを初めて見る方はわからないので記しておきますが、
知的障害者の自立支援施設に勤務しております。

本当に簡単なことから健常者でも難しいことを教えたり指導したりしてますが、
中には何度説明してもどう教えても理解することすら出来ない施設利用者も居ます。

ま、正直『もぅいい加減覚えてくれよ!』って気持ちになることもあります。

何かを教えたい、何かを伝えたい、何かをして欲しい、

言葉で言うのは簡単ですが実はコレがいちばん難しいことでして、

障害者だけではなく健常者にも言えることなんですが、
その人の生まれ持った性格やこれまで過ごしてきた人生感
物事に対する価値観やその時の感受性によってもずいぶん違ってくるものです。

こうして私が自分の持っている言葉を自分が伝え易いと思って書いたつもりでも
受ける側の感覚や心情によっても感じ方が違うように、
伝えるってこと、理解してもらうってことは大変難しいことで、

ついカッとなって

『いい加減にしろよ!』とか『何度言ったらわかるんだ。』
と言った時点で伝わることは半分以下になるんじゃないかと。

上から押し付けるような言い方をした時点で相手は心を閉ざそうとします。
解らないということ、伝わってないと言うことを言えなくなるし、知ろうという気持ち理解しようという気持ちも半減しちゃうんですよね。

もうこれを最後に付き合う気持ちが無いのであれば私も強い口調で注意したり罵声を飛ばしたりするでしょうが、
これからも付き合わなきゃならない相手や付き合いたい相手に対しては怒りや苛立ちはできるだけ控えるようにしています。

コレもかんたんそうでなかなかできないんですよね・・・

相手を思うのであればあるほど
伝えるってーのは難しいなと。
プロフィール

タロー

Author:タロー
生きてるだけでみっけもん。
のんびり適当に生きてます。
文才の無い人間が書いてますので
気分を害す可能性もありますが、
ヌルイ目で見てやってください。
リンクフリーですが一声かけて下さいね。



コメ返遅いですが勘弁して下さい。

2016年11月13日 Asahiからタローに改名

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